研究
JWST、85億光年先のクラゲ銀河を発見 ガス剥離の最遠方記録更新
ポイント解説
- 1.銀河の「死」を招くガス剥離現象が、想定より早期の宇宙で発生していたことが実証された。
- 2.JWSTと重力レンズ効果の併用により、z=1.156という未踏の領域でガスの動態観測が可能になった。
- 3.SSS No.14(データ解析・AI)の重要性が増大。天文ビッグデータの処理経験は、地球観測衛星ビジネスへの転換に直結する。
JWSTがz=1.156に位置するクラゲ銀河を発見し、ガス剥離の観測記録を更新。宇宙初期の銀河進化と星形成抑制の謎に迫る。日本の解析技術やセンサー産業への波及効果をベテラン記者が解説。である調。
米航空宇宙局(NASA)のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が、地球から約85億光年離れた場所で「クラゲ銀河」を発見した。赤方偏移(z:光が遠い宇宙から地球に届く間に波長が伸びて赤く見える現象で、天体までの距離や宇宙の膨張速度を示す指標)は1.156に達し、銀河団内ガス(多数の銀河が集まった巨大な構造である銀河団の中に存在する高温のガス)による剥離現象の観測として最遠方記録を更新した。銀河が銀河団の中を高速で移動する際に受ける「ラム圧剥離(ラム・プレッシャー・ストリッピング:銀河が銀河団の中を高速で移動する際に、周囲のガスからの抵抗(ラム圧)を受けて、銀河内部のガスが剥ぎ取られる現象)」が、遠方宇宙でも星形成を抑制する事実を裏付けた。宇宙の進化過程を解明する上で極めて重要な成果である。
ラム圧剥離の観測記録を大幅に更新
JWSTの近赤外線分光器(NIRSpec:JWSTに搭載された、目に見えない近赤外線の光を分析し、天体の成分や動きを調べる装置)が、銀河団「A2744」の周辺領域で特異な形状の銀河を捉えた。この銀河は触手のようなガスを引きずっており、その姿から「クラゲ銀河」と呼ばれる。今回の発見により、従来は約50億光年が限界だった剥離現象の観測距離を約1.7倍に更新した。ScienceDailyの報道によれば、z=1.156という値は宇宙誕生から約50億年後の姿に相当する。銀河団内の高温ガスが、銀河内部のガスを力学的に押し出す様子が鮮明に記録された。
今回の観測では、JWSTに搭載された中間赤外線装置(MIRI:JWSTに搭載された、目に見えない中間赤外線の光を観測する装置)も重要な役割を果たした。MIRIは、可視光(人間の目に見える光)では隠されてしまう塵の背後にある星形成領域を特定した。解析の結果、剥離されたガスの「尾」の部分でも新たな星が誕生していることが判明した。これは、銀河本体のガスが失われる一方で、剥離現象が局所的な星形成を誘発するという二面性を持つことを示唆する。従来のハッブル宇宙望遠鏡(HST:1990年に打ち上げられ、多くの宇宙の発見に貢献した有名な宇宙望遠鏡)の解像度では、これほど遠方のガス構造を詳細に分離することは困難であった。
銀河進化の定説を覆す新たな知見
銀河の成長は、内部のガスを消費して新しい星を作ることで継続される。しかし、ラム圧は星の材料となる冷たいガスを銀河から奪い去る。これまで、遠方宇宙の銀河はガス密度が高いため、周囲の環境による剥離の影響を受けにくいと考えられてきた。今回の観測結果は、宇宙が現在の約3分の1の年齢だった時代でも、環境による銀河の「死」が始まっていたことを示す。銀河が成熟するプロセスにおいて、銀河団という環境がいかに早期から干渉しているかを実証した形だ。
銀河団「A2744」は、その巨大な質量による重力レンズ効果(観測者と遠方の天体の間に巨大な天体(銀河団など)が存在すると、その重力によって遠方の光が曲げられ、拡大されて見える現象。天然の望遠鏡のような働きをする)でも知られる。重力レンズとは、手前にある天体の重力で遠方の光が拡大される現象を指す。JWSTはこの天然の虫眼鏡を利用することで、本来は観測不可能なほど暗い遠方銀河の詳細な構造を捉えることに成功した。この手法は、今後の深宇宙探査(地球から非常に遠い宇宙の領域を観測・探査すること)において標準的な戦略となる。銀河の進化系統樹を書き換えるデータが、最先端の光学技術と宇宙の物理現象の組み合わせによってもたらされた。
日本のデータ解析技術と宇宙産業への示唆
今回の成果は、日本の宇宙産業や研究者コミュニティにも大きな示唆を与える。膨大な画像データから特定の銀河を自動抽出するAI(人工知能)技術(人間の知能を模倣し、学習や判断などを行うコンピュータシステム)の需要が、世界的に高まっているからだ。特に、日本が強みを持つ画像処理技術や、NECや富士通といった国内IT大手のハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC:大量のデータを高速で処理できる高性能なコンピュータシステム)は、次世代の天文データ解析において不可欠な要素となる。国立天文台の「すばる望遠鏡」との広域観測データを組み合わせたマルチ波長解析(複数の異なる波長(光の種類、例:可視光、赤外線、X線など)で観測されたデータを組み合わせて分析する手法)も、今後の鍵を握るだろう。
また、日本のセンサー技術への期待も大きい。JWSTに搭載されたような高感度な赤外線検出器(目に見えない赤外線の光を捉えるセンサー)は、浜松ホトニクスなどの日本企業が世界屈指の技術力を保持する領域である。次世代の宇宙望遠鏡計画である「GREX-PLUS」など、日本主導の赤外線ミッションにおいても、今回のJWSTの成果は設計指針に直接影響を与える。民間企業にとっては、宇宙科学の知見を地上でのリモートセンシング(航空機や人工衛星などを用いて、離れた場所から地球表面の情報を収集する技術)や、衛星データの商用利用(人工衛星から得られた地球観測データや通信データなどをビジネス目的で活用すること)へ転換するビジネスチャンスが拡大している。
初期宇宙の解明に向けた次なる挑戦
今後は、さらに遠方のz=2(約100億光年先)を超える領域でのクラゲ銀河探索が進む見通しだ。銀河団の質量とガス剥離の効率を統計的に処理する手法の確立が急務となっている。JWSTの限られた運用期間中に、いかに多くのサンプルを収集できるかが、宇宙の構造形成理論(宇宙に存在する銀河や銀河団といった大規模な構造が、どのように形成され、時間とともに進化してきたかを説明する理論)の検証を左右する。研究チームは、今回確立した観測手法を他の深宇宙領域にも適用し、銀河のライフサイクルの全容解明を目指す考えだ。
一方で、剥離されたガスがその後どのように進化し、銀河団内媒体に溶け込んでいくのかというプロセスには謎が残る。この循環を理解するには、X線観測衛星(X線(医療用のレントゲンに使われるような高エネルギーの光)を捉える宇宙望遠鏡を搭載した衛星)との連携が欠かせない。日本のX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」による、高温プラズマ(非常に高温になり、原子が電子と原子核に分かれた状態のガス。宇宙空間の多くの場所で見られる)の精密観測との相乗効果が期待される。宇宙の「生態系」を解明する挑戦は、赤外線とX線の枠を超えた国際的な多波長連携(複数の異なる波長(光の種類、例:赤外線、X線など)での観測を組み合わせて行う研究協力)へと移行している。
出典
掲載元:ScienceDaily · 参照リンク
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