研究

次世代暗黒物質検出器が極低温冷却に成功、カナダの地下2キロで本格稼働

SLAC National Accelerator Laboratory

ポイント解説

  • 1.宇宙の謎を解く鍵は、極限まで熱を奪った「静寂」の空間と、日本の得意とする精密センサー技術の融合にある。
  • 2.SLAC主導の国際チームが先行他装置の10倍の感度を目指す中、量子技術への応用が期待される日本の超電導薄膜技術の需要が拡大する。
  • 3.SSS No.03(低温物理・真空技術)を軸に、素粒子実験のエンジニアから、量子計算機メーカーのデバイス開発職への転身事例が増加中。

SLACの暗黒物質検出器SuperCDMSが絶対零度近傍への冷却を完了。カナダSNOLABで始動した世界最高感度の観測実験の詳細と、極低温・量子センサー分野における日本企業のビジネス機会を解説。

米SLAC国立加速器研究所(米国エネルギー省が運営する素粒子物理学などの研究機関)は2026年3月17日、暗黒物質(ダークマター:宇宙に存在する、光を放たず直接観測できない正体不明の物質)の直接検出を目的とした実験装置「SuperCDMS(暗黒物質の直接検出を目的とした実験装置)」の冷却工程が完了したと発表した。カナダ・オンタリオ州の地下実験施設「SNOLAB(カナダの地下深くに位置する、素粒子物理学などの研究を行う国際的な実験施設)」において、装置を絶対零度(物質が持つ熱エネルギーがゼロになる理論上の最低温度)に近い約0.015ケルビンまで冷却することに成功した。これは深宇宙(太陽系を大きく超えた、広大な宇宙空間)の平均温度である2.7ケルビンと比較して約180倍低い温度である(SLAC発表)。世界最高感度を誇る検出器の稼働により、長年の謎である未知の素粒子(物質を構成する最も基本的な粒子で、まだ見つかっていないもの)の特定に向けた観測が本格化する。

15ミリケルビンの極低温を実現、微小な熱変化を検知

SuperCDMS(超電導低温暗黒物質探索実験)は、ゲルマニウムとシリコンの結晶を用いた高感度センサーを活用する。暗黒物質の候補とされる粒子が原子核(原子の中心にある、陽子と中性子で構成される小さな塊)に衝突した際、わずかに発生する熱(フォノン:物質中で原子が振動することによって伝わる、熱エネルギーの素粒子のようなもの)を検知する仕組みだ。この微細な振動を捉えるには、熱雑音(物質中の原子の不規則な動きによって発生する、高感度な測定を妨げる微小な信号)を極限まで排除する必要がある。今回達成した15ミリケルビンという温度は、標準的な希釈冷凍機(ヘリウムの同位体を利用し、絶対零度に近い極低温を作り出す装置)の限界に近い極低温である(SLAC)。

同装置の核となるのは、超電導転移端センサー(TES:超電導体の状態が変化する性質を利用し、ごくわずかな熱やエネルギーを高感度に検出するセンサー)と呼ばれる技術だ。金属が超電導状態(特定の物質が、極低温になると電気抵抗がゼロになる現象)から通常状態へ変化する境界(転移点:物質が特定の条件で状態を変化させる境目の点)を利用し、極めて小さなエネルギー変化を電気信号に変換する。従来の検出器では捉えきれなかった、質量が軽い暗黒物質の探索に強みを持つ。SLACの計算によれば、先行する他プロジェクトと比較して、低質量領域(探索対象となる粒子が持つ質量が小さい範囲)での感度は10倍以上に向上する見込みだ。

地下2キロメートルの「静寂」がもたらす高感度観測

実験の舞台となるSNOLABは、稼働中のニッケル鉱山地下約2キロメートルに位置する。この厚い岩盤が天然の遮蔽体(放射線や不要な粒子などから内部を保護するための物質や構造)となり、地表に降り注ぐ宇宙線(高エネルギー粒子:宇宙空間を飛び交う、高いエネルギーを持った放射線や素粒子)を数千万分の1に低減する(SNOLAB公表)。ダークマターは宇宙の全質量の約27%を占めるとされるが、通常の物質とほとんど反応しない。そのため、外部ノイズを遮断した「世界で最も静かな場所」での観測が不可欠となる。

本プロジェクトには、米国、カナダ、フランス、インドなどの国際的な研究チームが参画している。SLACは装置の設計と統合を主導し、フェルミ国立加速器研究所(米国にある、素粒子物理学の研究を行う国立研究所)が極低温システムの構築を担当した。ダークマターの正体特定は、現代物理学(20世紀以降に発展した、量子力学や相対性理論などを中心とする物理学の分野)の最重要課題の一つである。標準理論(素粒子物理学において、物質を構成する基本的な素粒子とその間の力を説明する最も基本的な理論)を超える新しい物理学の扉を開く可能性を秘めており、世界中の研究機関が熾烈な開発競争を繰り広げている。

日本の極低温技術と量子センサー産業への波及効果

今回のSuperCDMSの稼働成功は、日本の産業界にとっても大きな示唆を持つ。極低温環境下での微小信号検知技術は、次世代量子コンピュータ(量子力学の原理を利用し、従来のコンピュータでは困難な計算を高速で実行できると期待される次世代コンピュータ)の制御技術と密接に関連しているからだ。例えば、超電導センサー(超電導体の特性を利用して、微細な物理量を高感度に検出するセンサーの総称)の製造には高度な薄膜形成技術(材料を非常に薄い膜として基板上に作り込む技術)が必要とされる。この分野では、日本の半導体製造装置メーカーや材料メーカーが世界トップクラスのシェアを誇っている。

特に、極低温を維持するための冷凍機技術(物質を極低温まで冷却し、その温度を精密に維持するための技術)においては、住友重機械工業などの日本企業が国際的に高い評価を得ている。SuperCDMSのような最先端科学プロジェクトで採用されるスペックは、将来の量子通信(量子力学の原理を利用し、高いセキュリティで情報を伝達する次世代の通信技術)や宇宙探査用センサーの標準となる可能性が高い。浜松ホトニクスが手掛けるような高感度光検出器(非常に微弱な光を高い精度で捉えることができる装置)と同様、極低温センサーも日本の「お家芸」となる潜在能力を秘めている。基礎科学(特定の応用を目的とせず、自然界の根本的な仕組みや法則を解明しようとする学問分野)への投資は、数十年後の基幹産業(その国の経済を支える重要な産業)を創出する呼び水となる。

今後の展望と残された技術的課題

SuperCDMSは今後数年間にわたり、連続的な観測データを収集する。最初の物理データ(実験や観測によって得られた、物質や現象に関する客観的な数値や情報)公開は2027年以降を予定している(SLAC予測)。最大の課題は、岩盤から微量に放出される放射性物質(不安定な原子核を持ち、放射線を放出して安定しようとする物質)による「バックグラウンド・ノイズ(測定したい信号以外の、周囲から入ってくる邪魔な信号や反応)」のさらなる低減だ。研究チームは機械学習(コンピュータが大量のデータからパターンやルールを自律的に学び、予測や判断を行う技術)を用いた信号処理アルゴリズム(測定されたデータの中から、目的の信号を効率よく識別・抽出するための計算手順)を導入し、本物の暗黒物質の兆候を抽出する精度を高める方針である。

もし暗黒物質の候補粒子が検出されれば、宇宙の構造形成に関する理論は根本的な見直しを迫られる。また、検出されなかった場合でも、粒子の質量範囲に強い制約を与えることができる。このプロセスは、宇宙の進化の歴史を解明する上で欠かせない。極低温技術の極限に挑む本プロジェクトは、人類が宇宙の「暗闇」を理解するための最大の武器となるだろう。

出典

- SLAC National Accelerator Laboratory: SuperCDMS cools down near absolute zero

- SNOLAB: SuperCDMS Project Overview

掲載元:SLAC National Accelerator Laboratory · 参照リンク

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