研究
英国、2026年に量子通信衛星を打上げ 「解読不能」な暗号鍵配送を実証
ポイント解説
- 1.宇宙を介した量子鍵配送は、既存の通信セキュリティの限界を物理的に突破し、絶対に破られないデジタル社会の基盤となる。
- 2.英国は25億ポンドの国家戦略を背景に、産学連携の「IQN Hub」を通じて中国の先行技術を猛追し、低コストな商用化を狙う。
- 3.SSS No.22(量子暗号実装技術)。既存のネットワークエンジニアが宇宙工学や量子力学の知識を得ることで、宇宙インフラ構築の専門職へ転身可能。
英国ブリストル大学が主導する量子通信衛星SPOQCが2026年に始動。ハッキング不能な量子鍵配送(QKD)の実証試験を行い、英国国家戦略に基づく次世代セキュア通信網の確立を目指す。
英国ブリストル大学を中心とする研究チームは、2026年に量子通信実証衛星「SPOQC(量子通信技術の実験を行うための人工衛星)」を打ち上げる。
同衛星は「量子鍵配送(QKD:量子力学の原理を利用して、盗聴不可能な暗号鍵を安全に共有する技術)」と呼ぶ技術を用い、ハッキングが不可能な通信網の構築を目指す。
これは「量子もつれ(二つの粒子が、どれほど離れていても互いの状態が瞬時に影響しあう、量子力学特有の現象)」の状態にある「光子(光の粒子のこと)」を宇宙から地上へ送信し、暗号鍵を共有する仕組みである。
既存の「数学的アルゴリズムに基づく暗号(複雑な数学的計算を利用して情報を暗号化する、現在の主流の暗号方式)」と異なり、「物理法則(自然界の現象を記述する普遍的な規則)」によって理論上の安全性が担保される。
ブリストル大学が主導する「IQN Hub(統合量子ネットワーク拠点:量子技術の研究開発を行う中心的な施設やプロジェクト)」のプロジェクトとして推進される。
「英国宇宙局(UKSA:英国の宇宙政策を管轄する政府機関)」などの政府機関や、民間企業との産学連携による大規模な取り組みだ。
量子もつれを利用した高度なセキュリティ実証
SPOQC(Satellite-Platform for Optical Quantum Communications)は、量子もつれを利用する。
これは、対になった2つの光子が、離れた場所にあっても互いの状態を瞬時に決定する性質を指す。
従来の地上光ファイバー網では、信号の減衰により通信距離が約100kmに制限されるのが課題であった。
「情報通信研究機構(NICT:日本の情報通信分野を研究開発する国立機関)」の調査によれば、地上の減衰率は1kmあたり約0.2「デシベル(音や信号の強さの度合いを示す単位)」に達する。
一方、宇宙空間は真空であるため光の吸収が極めて少なく、1,000km以上の長距離通信が可能となる。
同衛星は地上約500kmの「低軌道(地球表面から比較的低い高度200km~2,000kmを周回する軌道)」を周回し、英国国内の複数の地上局との間で量子鍵の配送を試みる。
今回の実証では、衛星に搭載する「量子光源(量子もつれ状態の光子などを生成する装置)」の小型化と、「ポインティング(衛星から地上局へ正確に光を向ける追尾技術)」の向上が鍵となる。
これまでの実験機と比較して、光子の生成効率を約2倍に高める設計であると同学は説明している。
英国の国家戦略と産学官連携の枠組み
英国政府は「国家量子戦略(国が量子技術の研究開発や産業育成を進めるための長期的な計画)」を掲げ、10年間で25億ポンド(約4,800億円)の投資を計画している。
本プロジェクトはこの戦略の中核を担い、次世代の重要インフラとしての「量子ネットワーク(量子技術を利用して情報を送受信する次世代の通信網)」確立を目指す。
開発には、衛星製造大手の工学チームや、暗号技術を手掛けるスタートアップ企業が複数参画している。
特にブリストル大学は、「量子コンピューティング(量子力学の原理を利用して超高速な計算を行う次世代のコンピュータ技術)」分野で世界屈指の研究実績を持つ拠点である。
IQN Hubには英国外の大学も加わり、将来的な「国際間の量子通信標準化(国境を越えて量子通信技術を共通のルールで使えるようにすること)」を見据えた開発が進む。
欧州では「欧州宇宙機関(ESA:欧州諸国が共同で宇宙開発を進める国際機関)」が主導する「ScyLight計画(ESAが主導する、宇宙と地上を結ぶ光通信・量子通信技術の開発計画)」など、「量子通信の自立化(特定の国や地域が独自の量子通信技術を開発し、他国に依存しない体制を築くこと)」が加速している。
英国は「欧州連合(EU)」離脱後も、独自の「宇宙安全保障(宇宙空間の利用に関する国の安全と利益を守るための政策や活動)」を強化するため、この分野へ注力する構えだ。
安全保障上の重要性が増す中、「サイバー攻撃」への耐性を持つ通信網は国家の生命線となる。
日本企業の競争力と国際連携への影響
英国の動きは、量子通信分野で先行する日本企業にとっても無視できない競合および協調の機会となる。
東芝は地上向けQKDシステムで世界シェア首位級であり、20年以上にわたる技術蓄積を有している。
また、三菱電機やNECも衛星量子通信の研究を進めており、NICTとの連携による実証実験を継続中だ。
日本政府も「量子未来社会ビジョン(日本政府が量子技術の社会実装を目指すための長期構想)」において、2030年までの量子ネットワーク実用化を掲げている。
英国のSPOQCが実証に成功すれば、日英間での「量子暗号鍵(量子技術で生成・共有される、安全性の高い暗号鍵)」の共有といった「国際共同運用」の道が開ける。
金融や防衛などの重要データを扱う日本企業にとって、宇宙経由の安全な通信路は魅力的な選択肢だ。
一方で、「通信プロトコル(データ通信における送受信のルールや手順)」の「国際標準化争い(特定の技術が世界共通の基準として採用されるための競争)」においては、英国勢との主導権争いが激化する見通しである。
日本は独自の「光通信技術」を強みとしており、英国との技術補完による市場拡大も期待される。
今後の展望と残された課題
2026年の打ち上げ以降、運用チームは1年以上にわたる通信「稼働率」の試験を実施する予定である。
最大の課題は、大気の状態に左右される光通信の稼働率をいかに向上させるかという点にある。
雲や霧による光の散乱を防ぐため、複数の地上局を切り替える「サイトダイバーシティ(複数の離れた地上局を使い分け、悪天候時でも安定した通信を維持する技術)」の構築が必要だ。
また、実用化に向けては、現在の大型衛星から「超小型衛星(重量100kg以下の小型の人工衛星)」による「コンステレーション(多数の衛星を連携させて一つのシステムとして運用する衛星網)」への移行が不可欠だ。
「量産化」によるコスト低減が進めば、民間企業が独自の量子暗号網を構築するハードルは下がる。
ブリストル大学のチームは、将来的に「量子インターネット(量子情報を世界規模で送受信できる、究極の次世代インターネット)」を実現するための「リピーター技術(減衰した信号を復元・増幅し、長距離伝送を可能にする中継技術)」も視野に入れる。
これは量子情報を破壊せずに中継する技術であり、実現すれば全世界をカバーする量子網が完成する。
今回のSPOQCミッションは、その壮大な構想に向けた重要な第一歩になると専門家は指摘している。
出典
掲載元:University of Bristol · 参照リンク
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